政府紙幣発行法

――国債危機は回避できる。いざとなれば、政府紙幣(または無利子長期国債)を発行して日銀保有国債を買い取ればよい

 

                              

 

<日銀のジレンマ>

 

 我が国の政府債務は、2016年2月末でGDPの2.1倍にあたる1045兆円となった。(この中には償還、利払いが税金から支出されない財投債も含まれているが)。

このうち、三分の一に当たる347兆円は、過去3年半にわたり日銀が買い上げたものである。この結果、マネタリーベース(現金と当座預金)は、366兆円に増え、異次元緩和の始まる前と比べて2・5倍に増えた。ところが、実体経済でつかわれるマネー・ストック(非金融部門の現金と預金)は2%台の増加にすぎず、異次元緩和以前と変わらない状況である。 また、日銀の目標とする消費者物価指数(コアCPI)はほぼ0%に近く、日銀が目標としていた2%に遠く及ばないでいる。

 

黒田日銀は、コアCPIが2%になるまで、年間80兆円の民間保有国債を買い取ると約束しているが、新規の国債発行額は年40兆円だから、さらに毎年40兆円の国債が民間から日銀に移し替えられるという計算になる。

 

ところが、民間の国債は、担保提供や金利調節のために一定額必要であり、このためECB(欧州中央銀行)は、中央銀行の買い上げ限度を33%に設定している。このECBの33%ルールを適用するなら、 日銀の国債買い入れは、すでに限度に達したことになる。50%まで買い入れルールを拡大しても、大量の国債発行をしない限り、あと2年で限度となる。

16年12月時点で財投債を含めない国債残高は870兆円で、それに対し日銀が保有している国債残高は、410兆円余りだから、日銀の国債保有比率は、約47%にも上る)

それ以降、日銀が国債購入のペースを落とせば、やがて金利は上昇し、国債価格は低下する。そうなると、家計も企業も外国人も一斉に売り浴びせ、価格は暴落するから、日銀は何としても断固購入の姿勢を示しつづけなければならない。日銀に継続的に買わせるためにも、政府は国債を発行し続けなければならないというジレンマに立たされている。

 

 

<財政のジレンマ>

 

財務省は、増税しないままだと経済成長のない限り2020年には財政が破たんすると見込んでいるが、その反対に、増税しつつ緊縮財政をつづけると逆にデフレが進行し、ますます財政再建が遠ざかるというジレンマに陥っている。過去の消費税増税は国内消費を冷え込ませ、角(財政)をためて牛(日本経済)を弱めるという結果を招いたと多くの経済学者は批判している。

 

では、これからどうすればよいのか。残された答えは、ただ一つ、三年間程度、積極財政に打って出て成長を促し、時間を稼ぐほか手がないであろう。すなわち、国土と情報とエネルギーと教育の強靭化のために広義の建設国債を発行し、資金を公共投資として実体経済に流してやることだ。

 

たとえば、リニア新幹線と高速道路、大地震に備えた予備のサーバーと衛星通信網の整備、IT網の大規模な防諜対策、地熱発電、地域バイオ発電、高等教育機関の充実などなすべきことは山積している。その国債収入で、事業者に無利子または低利子で貸し付けるか、補助金をだすか、あるいは政府ファンドを組成して情報・エネルギー・教育のベンチャーに積極投資するほかあるまい。これまで、財力の大部分を社会保障費と国債費に注いできた結果、国土、情報、エネルギー、教育の分野で著しい停滞がみられるのである。そこで問題は、財源をどうするかということである。

 

 

<政府紙幣の発行を>

 

近い将来に国債市場が干上がることを懸念した政府は、国債の前倒し発行(前倒し債)を2016年度は前年度より16兆円増の48兆円に引き上げた。また、黒田日銀は、2015年12月にETF(上場投資信託)の買い入れ増加、長期の国債購入など苦肉の策を打ち出したが、これ以上うてる大胆な政策のないことを見透かされた金融市場で円高、株価下落の手痛いしっぺ返しを受けた。さらに、16年1月、日銀は、金融機関に融資を促すためにマイナス金利を導入したが、民間消費と投資が冷え込んでいる状況下では、初期の効果をあげていない。

 

 

16年9月にも、日銀は、近い将来の金利上昇を心配し、長期金利が0%付近で推移するように国債の買い入れをおこなう措置をとりはじめたが、現況では金利の上昇は心配する必要はなさそうである。

というのは、円建ての政府債務は、日銀の保有する国債資産によって相殺されており、事実上の統合政府の債務は着実に減少しているからである。日本企業と国民が残存国債のほとんどを保有しつづけることができる限り、いくら国債を発行してもそれだけの理由で超インフレが発生し、金利が急上昇することはありえないだろう。

 

唯一心配なのは、外部的な要因、たとえば、米国側の経済混乱により日本企業の余裕資金が枯渇するほどのドルの大暴落(円の急上昇)が起きた場合、あるいは首都直下、東南海の巨大地震により、民間の資産が一挙に減少したような場合に国債金利が急上昇することである。しかし、この最悪の場合でも、政府が直ちに300兆円の政府紙幣を電子的に発行し、日銀保有の国債の大部分を買いとるという効果的な手が残されている。 (あるいは、無利子長期国債の発行による買い取りでもよい)

したがって、金利が急上昇する事態に備えて、政府が大規模に政府紙幣(または無利子長期国債。以下同じ)を発行することができるよう財政法第5条(及び特別会計法42条)を改正すればよいのである。

 

 政府紙幣の発行は無利子永久国債の日本銀行引受けとほとんど同じ効果を持っているので、国債の日銀引き受けを原則として禁止した財政法第5条に抵触する恐れがあると解釈されている。そこで、この第5条を改正して(あるいは解釈を変更して)政府紙幣を発行できるようにすれば、日銀のバランスシートのうえで、国債保有高が減り、その分電子的現金がふえるが、同現金は市中に出回らないから、貨幣の総供給量は直ちに増大することはなく悪性インフレが生じることもない。政府にとっては、形式的にも国債を償却でき国債金利の支払いが減り、日銀にとっては、さらに多くの民間保有国債を買い取る余裕が生じることになる。

 

かくして、政府はさらに建設国債を増発し、それを日銀が買いとるという循環ゲームを続けることによって、GDPが増加するまでの時間を稼ぐことができるのではないか。生きた経済は、このようにあらゆる可能な手を使って時間稼ぎを行うほかはないのである。プライマリーバランス回復という教条的な財政再建の論理にこだわっていては、いつまでたっても経済は成長せず、問題の解決を遅らせることになるだろうと思う。プライマリーバランスの達成目標は10年ほど延期し(または廃止し)、国土・情報・教育・エネルギーの強靭化に向けた公共投資(3年間で90兆円)を増やし、それによって経済成長と増収を図ることは、時間稼ぎの重要な手法であることを忘れてはならないだろう。

 

 以上のようにすれば、社会保障費が急膨張しないようコントロールする限り、財務省が悲観的に予測する財政の破たんはさらに10年以上、2030年まで遠ざけることができよう。できれば、高齢者人口比率がピークに達する2040年まで、この手法でやりくりできれば、あとは心配ないだろう。国債費の対歳入比率を減少させることは、政府紙幣の発行により可能となるから、社会保障費が伸びなくなれば財政再建は容易となるだろう。その時間稼ぎの手段として、政府紙幣の発行による国債償却と財政支出による経済成長を提案したいのである。

この手法が成功すれば、米欧もわが国のやり方を見習って、従来タブーとされた政府紙幣を発行し、事態を収拾することができよう。

 

世界を見渡してみると、2019-20年にかけて、世界は大動乱の時期に突入する恐れが非常に大きいと思う。中国経済の深刻な停滞、欧州の衰退、米国内の二極分化、中東の大混乱、東南シナ海の緊張は、次の大規模な熱戦を準備しているかのように見える。世界経済は、戦争によって需要を回復し、超インフレによって国々の膨大な債務を帳消しにすることを求めようとしているのかもしれない。しかし、それを避ける方法があることを我が国が先行モデルとして率先実行してみてはどうか。(2020年にコロナ対策として、政府は100兆円以上を支出したが、インフレは全く起きていない。これによって、財務省の帳尻合わせの大福帳経済学が破綻したことが明確となった。巣がない各は、直ちにプライマリーバランスの目標というガラパゴス風の政策を破棄しなければならない。)

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下記は、山口薫氏の公共貨幣法案の概要ですが、一度にこういう大胆な改革を行う前に、なすべき現実的な手法があると考えます。

 

 


(1) 政府が55%所有する日本銀行を100%政府所有の公共貨幣省 (Public Money

      Administration)と組織替えし、貨幣(紙幣を含む)の発行権を付与する。公共貨幣発
      行残高はすべて完全情報公開とする。

 (2)銀行の信用創造を廃止し、預金通貨準備 率を100%とする(100%貨幣の実現)。
      但し、預金準備率は現行の約2%から引き上げてゆき、この過程で銀行が必要と
     する資金は、保有国債を貨幣資産化するか、公共貨幣を無利子、無期限で供与する。

(3)経済成長、社会福祉等に必要な貨幣は、公共貨幣局が 政府の公共政策等に対応して流通
     に投入し、インフレの場合には増税等で引きあげる。